2021-06-21

総長選考改革私案・その4

総長選考制度(学長選考制度と読み替えてもいい)についてはいくつかのポイントがあるけれど、まずは、再選を認めるかどうかから始めたい。理由はふたつで、ひとつは、これまでの学長選考で問題になった大学の多くが再選がらみであること。もうひとつは、にも関わらず、問題が比較的単純であることだ。

いちばんシンプルなのは、再選を禁じる。以上。

実際に、東大や東北大は再選を認めないと選考規定に明記されている。すっきりしたものだ。こうしておけば再選をめぐる問題は一気に解消である。

大学によって任期に違いがあるが、現在は6年が一般的になっているはずだ。以前は、多くの大学が4年任期で2年の再任可能とか、3年任期で2期可能とか、いずれも「中間審査」みたいな学長選挙が入って6年だった。大阪大学は、4年任期で2年の再任が可能というやり方で、ほとんどの場合は再任されていた。それが、現在、6年任期がメジャーになったのは、大学の中期計画とシンクロさせることが望ましいという理由だろう。

どの程度の合理性と束縛があるかは別として、国立大学法人は文科省に届け出た6年間の中期目標・中期計画に則って運営されている。現在は第三期、平成28年度から平成33年度(令和3年度)の最中であり、その達成度は文科省によって評価される。なので、中期目標・計画の中途半端なタイミングで学長・執行部が交代するのは望ましくないのである。

大阪大学の現行制度は一期が6年で再任が可能。ただし通算10年は越えない、すなわち、再任の任期は4年以下ということになっている。どうしてこのような中途半端な制度になっているのか、理解するのはいささか困難だ。平成27年施行の制度なので、現総長になってからの決定である。再任を睨んでのことだったのかどうかは知る由もない。

今回の総長選考で、現職を候補者として推薦する理由書を読んだ時には腰が抜けた。なんでも、これまでの6年間の任期で準備が整い、いよいよこれからとか書いてあった。いくらなんでも、それはないだろう。さすがに我が眼を疑った。6年かけて準備しかできなかったことが、あと4年(正確には3年7ヶ月)で成し遂げられるとは思えない。

これが理由という訳ではないが、中途半端な再任年数にするくらいなら、再任後の任期も6年にするのが筋ではないか。それは長すぎる、あるいは、それでは年齢がいきすぎるというなら、候補者として不適任ということになる。言ってみれば、ある種の「ふるい」になるのだ。それに、先に書いた中期目標・中期計画との関係もある。

今回の現職再選により、大阪大学は、中期目標・中期計画と執行部の交代がちぐはぐなタイミングにならざるをえない。大学の舵取り、特に、何かを大きく変えようとするときに、これは大きな足かせになりかねない。選考会議はこのことを真剣に考えられたのか。また、面談の時にしっかりと質問されたのか。極めて重要なポイントのはずなのだが、どうだったのだろう。

もちろん、場合によっては、他に適当な人材がないといった理由から再選が望まれる場合もあるだろう。今回の総長選考でも、確か、「ふさわしい人物を最初から候補にしないのは望ましくない」という議長の意見をどこかで見たような気がする。何をもって「ふさわしい」と考えるかは難しいところがあるが、やり方がなくはない。

再任を希望する場合、その資格審査のようなものを取り入れればよい。これは選考会議に任せるのではなく、構成員に委ねてもらいたい。6年任期の任期途中、4年から5年くらいが過ぎたタイミングで、現職が次回の総長選考の候補になってよいかどうかの投票をおこなえばいいのではないか。

過半数では物足りない。その投票で、三分の二-あるいはもっとハードルをあげて四分の三の方がいいかもしれない-以上がよしとすれば、次回の選考の候補としてふさわしい、ということにする。もちろん、最終的に再任されるかどうかは別の問題だ。

いかがだろう。もし再任を認めるならば、フルの6年間にする。そして、そのための資格審査を任期途中におこなう。かなりリーゾナブルではないだろうか。もちろん、6年間を準備期間にして、再任を願うというようなことは問題外である。だから、再任不可にしておいたほうがスッキリするのではあるけれど。

写真:山居倉庫@酒田

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