2021-05-19

知の共有・下ー若者、バカ者、よそ者?ー

研究の専門分化が著しい。同時に、方法論が高度化し、研究の進展が高速化しているので、比較的近い分野ですらピンとこないことがある。また、それぞれの分野での知識が膨大化しており、自分の分野だけでも十分にマスターするのが大変だ。文系ではそうでもないのかもしれないが、理系では、おそらく生命科学だけの問題ではないだろう。

そんな中、どうすれば分野を超えた「知の共有」を有効に進めることができるのか。なかなかに難しい問題だ。世界を変えるのは、若者、バカ者、よそ者であると言われることがある。知の共有にも、このことが当てはまるのかもしれない。

自分の専門以外のことを知る必要があるのだから、よそ者であることは当然だ。近視眼的な業績からいうと、知の共有をしたところで、さしたるメリットがある訳ではない。ある意味ではバカ者だ。そして、違う分野のことを学ぶには柔軟性が必要であるから、若さも必要だろう。もうひとつ難しいのは、どのような知の共有が有用なのかがわかりにくい、ということもある。いずれにしても、おもしろがる精神がいちばん重要なのかもしれない。

融合研究を例にとって考えてみよう。新しいブレイクスルーには融合研究が重要であると言われることが多い。たしかにそうだと思うが、現実としてはきわめて難しい。考えてみれば当たり前かもしれない。学問というのは、自然に枝分かれする方向へと進んできた。そのように、必然的に分かれしてしまったものを、今度は無理矢理に統合しようとするのだから、強烈なエネルギーが必要だ。

以前にも紹介した世界トップレベル研究拠点(WPI)も融合研究の推進が大きな目的とされている。どの拠点もかなりの業績をあげておられるのだが、融合研究の業績に限ると必ずしもそうとはいえない。京都大学の物質・細胞統合システム拠点(iCeMS)の話を聞く機会がよくあるのだが、いろいろと参考になる。

まず第一に、融合研究は難しい、ということである。iCeMSのテーマは物質化学と生命科学の融合だが、その距離は相当に遠い。それに、ふたつの領域では時間の流れがちがって、生命科学の研究は、物質化学に比較するとずいぶんとゆっくりと感じられる。距離的にも時間的にも違うというのだから、融合するのは簡単ではない

どうして十分な業績が出ないのかという不躾な質問をぶつけると、あれこれやっているが、うまくいかないことが多いという返事だった。それでも、ずいぶんと努力されていて、融合研究のシーズがいくつもできてきているという。何がいちばん必要なのかと尋ねると、インフォーマルな情報交換だという。どのような「知の共有」が実を結ぶかは前もってわからない。だから、テーマを絞ってのディスカッションではなくて、分野の違う研究者同士が、普段から漠然とした情報交換をすることが重要だと。なるほど。

東京大学のWPIであるカブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)でも同じことが言われている。こちらは、毎日3時からティータイムがあって、そのHPによると「このティータイムを研究者が異分野の研究者と自由な雰囲気の中で議論し,新たなアイディアを見出すための重要な機会と位置付けています」とある。さらに、「Kavli IPMUに所属する全ての研究者及び来訪者はティータイムへの参加が求められます」というから徹底している。そこまでする価値があるというのは、いささか驚きですらある。

ふたつの世界トップレベル研究拠点が物語るように、インフォーマルな情報交換をおこなえるような場が重要なのである。なんとかしてそれを設けよう。しかし、そのような場があったとして、参加してくれる人がいなければ意味がない。まずは、やはり、若者、バカ者、よそ者に期待するしかないのだろうか。時間はかかるかもしれないが、いつか実を結ぶと信じて、地道に進めていくしかあるまい。

写真:イフガオの棚田@フィリピン

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