2021-05-18

知の共有・上ーちいさなことからー

所信表明にあげた5つのテーマのうち4つ、『教育の復権』は『学生を信頼しよう』と『アイデア募集中』で、『若手大学人の育成』は『テニュアトラック制度私案』で、『生産性の高い組織』は『「金持ち」よりも「時間持ち」』、そして、『あたらしい大阪大学へ』については『ジェンダーギャップの解消-上・クォータ制中・トラウマ下・リアリティー』のコラムでそれぞれ説明してきた。残るひとつ『知の共有』について二日連続で書いてみたい。

部局の壁を越えた知の共有。言うに易く行うに難い、ということは十分に理解している。かといって手をこまねいてほうっておくというのは、いかがなものだろう。しかし、これこそ、時間の余裕、自由な時間がなければ到底無理である。う~ん。この点についてはある程度クリアできている、という前提で話を進めたい。

最初から型にはめて大規模にやる、というのは難しいし、敷居が高い。ゆるやかな関係をつくるあたりから始めるのが適当ではないか。ちいさすぎるかもしれないが、手っ取り早いのはZoom読書会あたりだろう。何度か読書会に参加したことがあるけれど、えぇ~、そんな読み方する人がおるんかとか、けっこう面白い。逆にいうと、自分はいかに自分の殻に閉じこもって考えているかということを突きつけられる。かなりの知的刺激だ。

同じ本を読んだ者同士というのは、なんともいえないええ感じがする。どういえばいいのだろう、同郷とか同窓とか、それに近いような感覚といったところだろうか。知の共有というのは少し大げさだが、神経回路の一部が同じ情報で共有されるようになるのだから。そんな仲間が増えていくだけで楽しい。

大阪大学Zoom読書会サイトのようなHPを作って、この本の読書会をしますとアナウンスして参加者を募る、この指とまれ形式。参加者は、主催者も参加者も、大阪大学の構成員なら、学生、職員、教員、だれでも可とする。部局の壁は完全にゼロだ。学外者に参加してもらってもいい。それでこそ「開かれた大阪大学」だ。教員なら、自分の本の読書会を自分がモデレーターとして開催するのもおもしろい。専門的な教育をおこなうだけでなく、いろんな人が「おもしろがる」機会を作って知の共有を図る。それは大学の大きなミッションだ。

もちろんリアルな会の方がいいけれど、時間や場所の制約を考えたら、ネットで気楽に、でも十分だ。学生のゼミでの経験から、リアルよりも電脳越しの方が、気軽に意見が言えそうだという理由もある。

もうひとつ「○○先生の話が聞きたい!」シリーズはどうだろう。何人かがあつまって、ある先生に開催を依頼する。できるだけ違う学部の先生、専門の違う先生に頼んでほしい。頼まれた先生は、原則として「よっしゃ、やったろうやないか」と返事せねばならないようなルールにする。もちろん内容は相談して決める。個人だと頼みにくいかもしれないが、システムとして整備すればハードルはうんと低くなる。

こちらもリアルでもZoomでもかまわないが、肝要なのは、一方通行ではなくて、なにしろインターアクティブにすること。あぁ、邪魔くさい、と思われそうな気がする。けれど、基本的には専門のことを素人相手にわかりやすく話すというだけなのだから、たいした負担にはなるまい。逆ベクトルで「わたしの話を聞きに来てください!」シリーズも面白いかもしれない。誰も来てくれなかったら泣いてしまいそうやけど。

どちらも、ちっこい知の共有やなぁと思われるかもしれない。たしかに、ちっこい。しかし、塵も積もれば山となる。西川きよしじゃないけれど、ちいさなことからコツコツと。こういった活動をどこかのHPでシステマティックに「見える化」しておいて、おもしろそうだと思ったら飛び込みでも参加できるようにする。大学は、知を深掘りすることが得意だが、それだけでは不十分だ。たとえ浅くとも、こういう平面展開をすることも大事なのではないか。なんだかワクワクしてきませんか?

写真:ラダックの峠越え@標高4千メートルくらい

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