2021-05-11

めざせ、『恐れのない組織』!

やっぱり本は読まないとあかん。どんぴしゃりのタイミングでこの本を手に取った。総長選考の候補者になる最終決断、この本を読まなかったら踏ん切りがつかなかったかもしれない。『恐れのない組織-「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(エイミー・C・エドモントン著、英治出版)がその本だ。

「心理的安全性」などという言葉は聞いたこともなかった。だが、私もそのメンバーであるノンフィクションレビューサイトHONZの書評で目にしてこの本を購入。一気読みだった。以来、ことあるごとに、周囲に勧めまくっている。

心理的安全性とは、「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」と定義されており、それが「知識集約型組織がより効果的に活動できるようになるため」に必要だということが綴られていく。

あかんがな。知識集約型組織でありながら「もの言わぬ文化」である大学は、心理的安全性とは真逆の組織ではないのか。いや、仲野は間違えている、大阪大学は「対人関係のリスクをとっても安全だと信じられる職場環境」で、決して「意見を言わなかった者がいちばん賢かった者になる」ようなところではない、と言える人がどれくらいおられるだろう。

著者のエドモンドソン女史によると、心理的安全性は、組織にとって「あったほうがいい」といったレベルではなくて、「なくてはならない」ものだという。それを説明するために、心理的安全性がなかったがために起こってしまったさまざまな実例があげられていく。たとえば、フォルクスワーゲン社でのディーゼルエンジンの排気ガス測定をめぐる不正といった組織ぐるみでの不正や、スペースシャトル・コロンビア号の事故といった悲劇などだ。

人間、いつ死ぬかわからない。父親を生後7ヶ月で亡くしているので、若い頃からそういう意識が強い。総長選考の候補者になるかどうか、最後まで逡巡した理由は、もしなれたとして、総長職がこれからの6年近くを費やすだけの価値があるかどうかだった。偉そうなことをと思われるかもしれないが、どうにも物足りない感じが拭えいきれなかった。

しかし、組織改革、すなわち大学の改革ができたらどうだろう。それなら十分な価値がある。という考えにいたったものの、はたしてそんなことが可能だろうか。そう悩んでいた頃にこの本を読んだ。そして膝を打った。心理的安全性を取り入れることができれば、大学全体の考え方がおおきく変わり、大阪大学という「知識集約型組織がより効果的に活動」できるようになるのではないか。

組織の心理的安全性に最も影響を与えているのがリーダーである。組織の雰囲気づくりにおいてリーダーの影響は多大だ。

二一世紀においては、難題や懸念やチャンスについて安心して率直に話し合える環境をつくることが、リーダーの特に重要な責任なのだ。

たいした能力はありはしないが、こういったことなら得意だ。率直すぎるかもしれない意見を言い続けてきたし、フランクとオープンには自信がある。自分で考えること、行動できることなどたかがしれているが、心理的安全性を構築し、相互に信頼できる組織になったら、みんなが知恵と力を出してくれるに違いない。そうなったら、きっとできる。できない訳がない。自己肯定感が強すぎるぞとお叱りを受けるかもしれないが、そう思ったのだから仕方がない。

そして、この本の内容もとりいれて考えた結果が、所信表明にある運営のための5つの旗印の「先進的であれ」、「挑戦的であれ」、に次いで書いた、「実験的であれ」、「オープンであれ」、「公正であれ」なのだ。

変化は可能だ。困難な道になるかもしれないが、文化は変わりうるし、もし組織が知識集約的な世界で成長しようと思うなら、変わらなければならない。

もちろん、大阪大学にもあてはまる。もし総長になれたら、大阪大学が変わるように全力を振り絞ろう。これなら、やり甲斐があるどころではない。そうして、候補者になる最後の決断をした。キャッチフレーズは『かわろう! 大阪大学』だ。

写真:モンゴルの草原

 

 

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