2021-05-05

文科省に忖度しすぎ?

大学改革に乗り出したいと思うにいたった理由をいくつか書いてきた。ゼミでの経験21世紀COEテニュアトラック制のリーダー、そしてプライベートな理由など。もうひとつ、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)でのお仕事も相当に大きい。

WPIプログラムとは「第一線の研究者が世界から多数集まってくるような、優れた研究環境ときわめて高い研究水準を誇る、『世界から目に見える研究拠点』の形成を目指し」平成19年度から、文部科学省の事業として開始されたものである。その拠点のひとつ、京都大学の「物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)」のプログラムオフィサー(PO)の経験だ。

都合により前任者が降りられることになり、10年間のプログラムの途中、平成25年度からお引き受けしたのだが、この時だけはかなり迷った。それ以前から作業部会の委員として参加していたので、POの仕事が大変に困難なものであることはよくわかっていた。それに、他の拠点のPOの先生方はかなり年長の大先生ばかりである。はたして自分に務まるのか。ええぃ、ままよ。最後は、もしうまくできなかったら頼んできた方が悪いんや、という開き直った理由でお引き受けした。結果的には、素晴らしい勉強をさせてもらえて、ご指名いただいた方たちには心から感謝している。

最上位の委員会である年に一度のプログラム委員会に出席できたのは得がたい経験だった。ノーベル賞学者をはじめとする我が国を代表する先生方や、錚々たる外国人委員の先生方が、日本のトップサイエンスをいかに導くべきかについて白熱した議論を交わされる。なるほど、世界の最先端サイエンスはそういう考えで動いているのか。もうひとつ劣らず勉強になったのは、年に数回開催される実務的な委員会や、それが終わってからの懇親会である。文科省やJSPS(日本学術振興会)の人たちといっしょに、ざっくばらんな話をする。

文科省が何をめざしてこういったプログラムをおこない、大学に対して何を望んでいるのか。おそらく各大学に伝えられてはいるのだろうけれど、ヒラの教授にはほとんど漏れ聞こえてこない。それに、オフィシャルな書類には書きにくいであろう本音も聞かせてもらえた。文科省の考えが100%正しいとは言えないだろうが、大学のどこが問題と捉えられているをかなり知ることができた。その最大のものは、改革が少しも進まないことだ。大阪大学もまったく例外ではない。なんとかせねば。

最近出版された『文部科学省-揺らぐ日本の教育と学術』(中公新書)にも、文科省と大学をめぐる問題がうまく整理されているが、生で聞いた声は迫力が違う。所信表明書には、そのあたりのことを盛り込んだつもりだ。先日、PO時代にいろいろとお話をした関係者のお一人から、HPを見て所信表明のこのあたりに強く同意しましたという応援をちょうだいした。わたしの考えてきたことは、決して間違えてはいないのだと、うれしかった。

大学というところは、部局は大学執行部を、大学執行部は文科省を、というように、さまざまなステップで「お上」意識がありすぎるのではないか。その結果、大学は文科省のことを忖度しすぎて、過剰な対応をとってしまっている気がしてならない。

文科省からの指示について、やるべきだと納得し、実現可能なことならば、なんとしてもやりとげる。しかし、おかしな施策だ、あるいは、どう転んでもできそうにないと判断した場合は、やってる感を出して曖昧にするのではなく、どうしてできないか、また、どうすればできそうになるか、をきちんと議論すべきだ。なんでもかんでも唯々諾々と受け入れてきた、いや、受け入れるふりをしてきたことが、大学を悪い方向に進め、文科省の思いとの齟齬を大きくしてきたと思えてならない。

写真:四姑娘山@四川省のお花畑

 

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