2021-04-20

5つの旗印:上

所信表明に、5つの旗印として、「先進的であれ」、「挑戦的であれ」、「実験的であれ」、「オープンであれ」、「公正であれ」をあげた。これについて、すこし説明を加えておきたい。

「先進的であれ」と「挑戦的であれ」については、説明の必要はないだろう。学問の最先端であるべき大学だ。先進的で挑戦的でなければならいのは当然である。だが、つぎの「実験的であれ」というのはわかりにくいかもしれない。

先進的かつ挑戦的であるために、大学は一般社会よりも実験的でなければならないのではないか。あるいは、ある種の実験を担うべきなのではないか、と以前から考えている。先進的かつ挑戦的に何かをおこなう時、失敗するリスクは必ずつきまとう。たとえ英智を集結し、細心の配慮をはらっても、である。逆に、それくらいのレベルを目指さなければ、先進的で挑戦的ではないのではなかろうか。

大学において、運営費交付金や競争的な外部資金により数々のプロジェクトがおこなわれてきたし、いまもおこなわれている。客観的に見て失敗であっても、明確に失敗であったと結論づけられたことはほとんどないように思う。営利企業だと、利益があがったかどうかという判断基準があるので明確だ。しかし、大学でのプロジェクトは、成功したか失敗したかを決する度量衡がはっきりしないので、きちんと評価しなくてもごまかせてしまう。それが大学をダメにしてきたひとつの理由ではないか。

考え抜いて計画し、先進的なことに挑戦したが失敗に終わった。長年携わってきた生命科学の研究でもままあることだ。その研究はストップさせて、何が失敗の理由であったかをきちんと検討し、次に活かすしかない。うまくいきそうな研究ばかりしていても意味がない。失敗するリスクがあっても挑戦する姿勢がなければ科学は進まない。わかっていても、努力したことが失敗だったと結論するのはつらいことだ。しかし、その勇気は絶対に必要だ。

「コンコルドの誤謬」をご存じだろうか。行動経済学でサンクコスト(埋没費用)を説明するときによく使われる話だ。英独仏が超音速旅客機・コンコルドを開発した時、完成したとしても採算が取れないことがわかった。しかし、これまでやってきたのだからという理由で続けられたというお話だ。

すでに失ったものはどうしようもない。過去にとらわれることなく、未来を見据える。そのためには、失敗を認めずにだらだらと続けるというのは絶対に避けるべきだ。こういったことを「実験的であれ」という言葉にこめている。

写真:北アルプスからの富士山

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